なつかしの昭和歌謡 音楽で健康ライフ

【流行歌とともに振り返る】昭和32年!あなたは何をしていましたか?

あなたは昭和32年、おいくつでしたか?

昭和32年は1957年、
2023年からさかのぼると66年前になります。
干支は酉年です。

昭和32年には流行した昭和歌謡が特にたくさんありました。


今回の記事では、昭和32年の出来事も
一緒に振り返りながら流行した昭和歌謡を
懐かしんでいただけたらと思います。

この記事を読んでわかること

この記事を読んでわかること

・昭和32年の起こった出来事
・昭和32年の流行歌
・昭和32年頃のあなたの思い出

【昭和32年】に起こった主な出来事


昭和32年は
・ロカビリーブームで、ジャズ喫茶がロカビリー喫茶に衣替え
・南極の昭和基地が開設される
・「神様、仏様、稲尾様」の流行語が生まれる
・名古屋市営地下鉄が開通

こんな出来事がありました。

いきなりですが、ここで

クーーーイズ!!!

おねえさん

昭和32年の出来事を楽しく振り返っていきたいので
クイズ形式でお届けします!

昭和32年っていうとどんな出来事があったのかしら?
覚えているか楽しみね。

おばあさん

昭和32年に流行した飲み物は?

ヒント①:これまでも飲まれていましたが、輸入品でした。

ヒント②:茶色の飲み物です。

ヒント③:発祥はアメリカです。

ヒント④:甘くてシュワシュワ~

おねえさん

わかりましたか?

コカ・コーラ

コカ・コーラは大正時代から飲まれていましたが、
その頃は輸入品でした。
昭和32年に日本でコカ・コーラの製造・販売をスタートしました。
あなたが初めて飲んだ時の感想は覚えていますか?

おねえさん

では、もう1問!

昭和32年に5000円札が発行されました。
さて、誰の肖像画が使われていたでしょうか?

ヒント①:裏面には【法隆寺】が描かれていました。

ヒント②:昭和61年に発行停止になりました。

おねえさん

さて、答えは?

聖徳太子

この当時5000円札は、最高額のお札でした。
この後、5000円札は、
新渡戸稲造→樋口一葉と変わり
2024年には、津田梅子への変更が決まっています。

ヒントもあったしわかったわ!
お札も使っていたしね。
懐かしいわね。

おばあさん
おねえさん

普段は思い出さないと思いますが
思い出していくと
けっこう覚えている方も多いです!

ここまで、簡単に出来事を振り返りました。
この後は、流行した歌謡曲を振り返ります。
あなたも歌った歌が出てくること間違えなし!!

出来事とともに振り返る昭和歌謡

昭和32年には今も心に残る名曲がたくさん世に出されています。
代表的な曲と合わせてできごとも振り返ります。

喜びも悲しみも幾歳月

同名の映画の主題歌です。

歌ったのは「若山彰」さん。

簡単にあらすじを振り返ってみると。。

映画「喜びも悲しみも幾年月」

昭和7年、上海事件があったこの年、
燈台員の有沢四郎ときよ子の新婚夫婦は
東京湾の観音崎燈台に赴任します。

全国各地の燈台に転任する中で
子どもが生まれ、夫婦喧嘩をしながら
戦争という激動の時代を乗り越えていくお話。

燈台員の有沢四郎を「佐田啓二さん」
四郎の妻きよ子を「高峰秀子さん」が演じています。

映画も歌も大ヒットとなった昭和32年。

この映画を観に行かれた方も
いらっしゃるのではないでしょうか?

港町十三番地

こちらの歌を歌ったのは
みなさんご存知!!
大人気の昭和の大スター
「美空ひばり」さんです。

港町十三番地は、美空ひばりさんの故郷
横浜市と川崎市にゆかりがあります。
京浜急行電鉄の大師港町駅には美空ひばりのパネルと歌碑もあります。

1番の歌詞に出てくるマドロス酒場。
馬車道がモデルになっていると言われています。

マドロス酒場って?

マドロス酒場とは
船乗り、水夫、船員を意味するオランダ語。
美空ひばりの歌では、
「ひばりのマドロスさん」や「波止場だよ、お父つぁん」など
出てくる歌がいくつもあります。

2番の歌詞の銀杏並木の敷石道は、山下公園の銀杏並木がモデルだそうです。

昭和32年のこの年の1月
浅草で公演中にファンに塩酸かけられて
火傷を負うという事件がありました。

そんな大変な中でも明るく歌えるなんて
かっこいいですよね!

ちなみに、昭和32年の紅白歌合戦では
「長崎の蝶々さん」を歌ってます♪

有楽町で逢いましょう

歌の最後の
「有楽町で逢いましょう~♪」を
つい歌ってしまうこの曲。

当時、有楽町に東京店の出店をしようと
していた百貨店「そごう」の
キャンペーンソングです。

まだ闇市の面影も残る有楽町のイメージを
変えたいとのことで作られたこの歌は
大ヒットして、見事イメージアップにつながりました!

フランク永井さんの素敵な歌声が
耳に残りますね✨

「有楽町で逢いましょう」という言葉は
流行語にもなってます。

当時東京に住んでいた方が
教えて下さりましたが
やっぱり有楽町での待ち合わせが
増えたそうです。

この歌を聞いたら
待ち合わせしたくなりますよね!!

東京のバスガール

初代コロムビア・ローズさんの歌声が
とっても素敵です♡

ところで!
昭和ならではの職業「バスガール」。
初めてバスガールが登場したのが大正9年。


バスガールは路線バスの車掌業務を
してきました。
1日中立ちっぱなしで
重い扉の開閉もあって、大変なお仕事
だったそうです。


憧れの的だったバスガールも
昭和の終わりには、ほとんど廃止されています。

その頃には、電車や地下鉄、
自家用車が普及していて
バスのワンマン化も進んだためです。

職業婦人がまだまだ少なかった時代に
憧れの1つだったバスガール。

音楽療法をしている中で思い出をお聞きしていると
子どもの頃、憧れていて
「マイクで話す真似をしていた」
なんてお話をお聞きしたこともあります。

あなたにもそんな時期ありましたか?

今回ご紹介した歌のまとめ

昭和32年に流行した歌

・喜びも悲しみも幾歳月
・港町十三番地
・有楽町で逢いましょう
・東京のバスガール

この他にも、

石原裕次郎さんの
・俺は待ってるぜ
・錆びたナイフ

島倉千代子さんの
・東京だョおっ母さん
なども流行しました✨

まとめ

なつかしの思い出を振り返ることができましたか?
いい思い出もあれば、
ちょっぴり悲しい思い出も
あったかもしれません。


どの思い出もあなたとって大切な思い出。

この機会に
ご夫婦で、ご家族で、ご友人同士で
その頃の思い出をお話してみてはいかがでしょうか?

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みゆ

介護関係のお仕事をして10年以上の 音楽療法士です。 お年寄りの方々と笑顔になりたくて 楽しく歌を届けています。 高齢者施設や自治体の介護予防教室などで 音楽療法をしています。 資格◇音楽療法士、介護福祉士 1歳女の子ママ

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